I 沿革と概要

[1] 沿   革

 本研究所は,数奇な運命を辿って昭和21年に誕生した。第二次世界大戦中に 南方諸地域の資源の開発利用を目的として,京都帝国大学では,医学,農学,理学, 薬学,工学など全学的規模で「南方科学研究所」の設立が計画された。昭和21年3月帝 国議会で設置が認められたが,戦局は日毎に悪化し,官制の公布を見るには至らなかっ た。その後いろいろと経緯があり,終戦とともに極めて深刻な状態となっていた食糧 間題に対処するために,当時の鳥養利三郎総長や近藤金助農学部教授(本研究所初代所 長)らの努力により,廃案直前の「南方科学研究所」が「食糧科学研究所」に改組され, 昭和21年9月11日に設立された。従って,設置目的は「食糧の生産,加工,利用及び 貯蔵に関する研究」という極めて応用色の濃いものとなった。当初は,食糧貯蔵加工, 応用遺伝学,食糧化学,応用微生物の4研究部門で発足した。しかし,戦後の窮乏を 極めた時代であったため建物及び設備に関する予算は殆ど認められず,財団法人生 産科学研究協会が本学農学部に建築し寄付された木造一棟を譲り受け,一部の研究室 と事務室がそこに入って研究業務を開始し,それ以外は農学部内の研究室を借り受けて 研究活動を行っていた。その後,昭和26年には約800m2,昭和29年たんぱ く食糧部門の増設に伴い約280m2,更に昭和30年には農学部より果樹園の 一部の割愛を得て約300m2の鉄筋建物が増営された。昭和38年より大学院 生の受入を開始し,また,昭和42年には食品分析部門が増設されたが,増営は依然とし て認められず,その狭隘さは研究活動に支障を来すほどであった。昭和39年に京都大学 では自然科学系研究所を宇治に統合する方針が決定され,本研究所もその計画の一環と して昭和45年9月に約3,000m2の研究棟に移転した。

 この頃になると,食糧問題は食糧不足から食品公害などに焦点が移ってきた。そ こで,昭和51年,7年時限の食糧安全性部門(昭和58年には10年時限の食品プロセス部門, 平成5年には10年時限の新食品設計部門に転換)が増設された。また,国際共同研究の必 要性を背景に昭和62年,10年時限の外国人客員部門として地域伝統食品部門が増設され た。一方,社会経済が豊かになるに連れて,飽食に伴う食糧と健康の関係が注目を浴び るようになった。このような問題に対処するには学際性の濃い研究が必要となるが, 初期の設置目的ではそのような研究を遂行することは困難であった。そこで,生命科 学,健康科学,環境科学などの分野との学際性を強めるとともに,食糧・食品の在り方 について広く深く研究することが出来るように研究所の改組に取り組み,平成7年改組 拡充が認められた。特に,研究者の共同研究や流動性を高めるために大部門制を採用 し,3つの大部門(食糧生産環境,食品構造機能,食糧設計利用)から構成されることにな った。平成8年9月11日に創立50周年を迎え,記念式典,記念講演会や50年史の編纂を 行った。

[2] 概   要

1. 研究所の目的と特色

 改組後の本研究所の目的は「食糧に関する学理及びその応用」を行うことである。食糧は生物そのものまたは生物が作る物質である。食糧を利用する側も人間或いは家畜という生物である。従って,食糧・食品を研究する食糧科学は,生物の行う生命現象を的確に把握し,如何に人為的に調節または利用するかというところに基本がある。このような背景でもって食糧・食品はどうあるべきかということを基礎研究を通じて明らかにし,応用研究を発展させて行くことになる。つまり,食品の構造・機能及び成分間の相互作用,呈味性,栄養性,安全性,生理機能性など食糧・食品の本質に迫る基礎研究を,バイオテクノロジーやコンピューターサイエンスなどの手法を用いることにより飛躍的に発展・展開させてきた。京都大学には農学部が設置されていて,広い分野の研究が行われている。しかし,本研究所の研究は,上述のような極めて専門性の高い分野を学際的な視点で,集中,協調して研究するという特徴を持っている。このようなところが本研究所の研究の特色となっている。

 食糧科学という余りにも多様な研究分野に対して教官28名(教授8,助教授8,助手12)という小規模の研究所が挑戦しているが,本研究所は創設以来教授と同様に助教授にも研究費と研究室を配分することにより,若手の活用や研究分野の広がり及び研究の活性化を図ってきた。また,主要な研究器機類は共通機器室を設けて収納管理し,何時でも誰でも使用出来るようにしている。このような工夫によって,できる限りオープンな環境を作り,研究室間の仕切を低くしているところも本研究所の特色である。これらがインパクトの強い研究を進めるに当たっての重要な要素となっている。

2. 研究所の管理と運営

 本研究所の運営は教授会と協議員会とで行っている。教授会は教授,助教授,講師で構成され,所長選考,教官人事,予算,重要プロジェクトなどを協議承認する。しかし,最終決定権は所内及び学内教授で構成される協議員会にある。これにより,所外からのご意見を研究所の運営に反映させる仕組みになっている。研究所の日常的運営は教授会メンバーで構成される所員会議(毎週水曜日昼食時)で,オープンかつ緊密な連携を取りながら行っている。研究や教育に関する事柄は勿論,春のソフトボール大会や秋の遠足のスケジュールに至るまで全てここで決めている。これにより,所内のコミュニケーションや協調性が保たれるようになっている。

3. 研究所の構成と研究内容

 各大部門は,3つの研究分野から構成されている。

食糧生産環境部門(機能食糧分野,微生物分子育種分野,食糧環境分野)

 人類の食糧は,植物が光合成によって作り出す物質に基本的に依存している。21世紀の地球環境には厳しいものが予測されているが,そのような条件下でも食糧が持続的に生産できるような植物及び微生物を開発する必要がある。また,その上に健康という点から食糧中に含まれる健康増進物質を開発・増産する研究も強く望まれている。

食品構造機能部門(食品分子構造分野,食品機能調節分野,食品感覚特性分野)

 食糧を構成している成分は食品という形態をとって体内に取り込まれ,生命を維持するために使われる。食品が人間によって好んで食べられるためには,旨いということが重要な条件である。このような性質が食糧や食品を作り上げているどのような分子のどのような構造によっているのかということを研究し,食品はどうあるべきかという科学的な説明が出来るようになることが目標になっている。

食糧設計利用部門(分子食糧分野,新食糧設計分野,食糧安全利用分野)

 食糧や食品を作り上げている成分のうち,特に栄養性や生命維持に必要な役割を持つ分子を解析し,有用なものは更に増強したり,有害なものは除去するなどの分子設計を行って,新規な食糧や食品を作る研究が行われている。

4. 大学院教育

 昭和38年以来,農学研究科に協力して大学院教育を行って来た。本研究所では常に約50名の学生を研究教育している。現在までに280名の修士及び48名の博士の学位を授与した。基本的には,学生の研究教育は各分野の研究室で行っている。しかし,研究所全体でも週一回昼食時のランチセミナーや週一回の大学院生セミナーを催し,総合的な教育指導も行っている。

 21世紀は人口,食糧,環境といったキーワードで表されるような深刻な状況が予測されている。特に,食糧不足は避けて通れない問題となっている。本研究所の総力を挙げてこの問題に取り組んで行く決心である。また,本研究所は,文部省所轄並びに大学附置研究所のうちで食糧科学を研究する唯一の機関である。この特色を生かして全国共同利用,そしてCOE(センターオブエクセレンス)を目指している。また,食糧問題の持つ国際性を重視し,隔年毎に国際シンポジウムを開催することになった。本年7月16日には,「21世紀の食糧科学--タンパク質研究の役割--」のテーマで,本研究所教授2名と国内外から6名(日本1名,イギリス2名,アメリカ2名,スウェーデン1名)の著名な食糧科学研究者を招待し盛大な講演会を行った。今後は,本研究所の持っている研究能力を更に活用して産学協働研究を強化し,社会に貢献することを目指している。

 既に,平成5年には,過去10年間の活動について自已点検評価を行った。平成8年度には高い国際的外部評価をいただいた。本要覧には,平成4年度から平成8年度の過去5年間の研究・教育活動についての自已点検評価も記載し,公表することとした。今後も不断の点検を惜しまず努力していく所存である。

目次へ                   次へ